やまだかつひこ野球資料館

【Blog再録】ファンサの鬼だった現役時代の山田勝彦さんが、新年チャリティーオークションで見せた神対応…!勝彦ギャルと、お年玉でガチ勝負した当時小学生のエリート勝彦民れおさんの素敵な思い出話

【Blog再録】ファンサの鬼だった現役時代の山田勝彦さんが、新年チャリティーオークションで見せた神対応…!勝彦ギャルと、お年玉でガチ勝負した当時小学生のエリート勝彦民れおさんの素敵な思い出話

こんにちは。

はにまる(@yamakatsuhogo)です。

お読みいただいてありがとうございます。

この記事は、わたしの旧ブログ「帰ってきた!山田勝彦保護指定区域」2014年12月23日分からの再録となります。

個人的にとても好きなお話なので、4年ぶりに記事にさせていただきます。(文中に登場する日時・年齢などは、当時のままで残しております)

どーも、はにまるです。

もともとは山田勝彦さんの応援サイトとして1999年に開設したホームページが元になっているこのブログも、気がついたら復活から1年半ばかり経っておりまして…

相変わらずのぼちぼち更新でございますが、引き続きナゾの人望キングにして、我らがバッテリーコーチ・山田勝彦さんを応援していきたいなーと思っております。

さてさて。
これまで、選手としてコーチとしての山田勝彦さんの人となりをご紹介してきたこのブログでございますが。

今回は、ちょっと趣向を変えまして…

衝撃的な勝率の万年最下位時代を知るタイガースファンからは。

暗黒の象徴だのスーパーパスボーラーだの、トコトン虐められてきた、報われない選手会長の山田勝彦さん。

現役時代後半の山田勝彦さんを語る際に避けては通れないのが、センイチ親分に(文字通り鉄拳制裁くらって)日ハムさんへ売り飛ばされる直前。

2002年の「勝彦さん大阪ドーム涙のお立ち台事件」。

もうベテランの域に達していた勝彦さんが、二軍に容赦なく幽閉されて鳴尾浜でジリジリ日焼けしながらチャンスを待ち…

やっと呼ばれた一軍の試合で活躍して呼ばれたお立ち台で、選手生活10ン年目にして思わず男泣きしちゃったという…。

勝彦民にとってもエポックメイキングな事件でございます。(たぶん勝彦民しか興味ないと思いますけど)

はにとらちゃん
はにとらちゃん
そらそうよ

当時のスポーツ新聞に載ったべそべそ勝彦さん画像。

Windows98とか2000とか言ってた時代なので、おそらく現存する男泣き勝彦さん画像はこれくらい…と、フォルダにそっとこの低解像度jpgしまっていたんですがぁ…

じゃじゃん

えっ…なに、この山田勝彦男泣きA1パネル…

そうです…。

これが恐らく日本に現存する、唯一にして「最も高画質な」山田勝彦さん男泣きパネルでございます…。

(たぶんですけど勝彦さんご本人も持ってないと思います)

これは、Twitterでも仲良くしていただいている最強エリート勝彦民のれおさんが、まだ中学生くらいの時に、お小遣いで買ったというサンスポのお写真パネルです。(これ意外と結構なお値段するんですよ)

そして、それから10数年の月日が流れても、大事にれおさんのお部屋に飾られているという…勝彦民の鑑ですね…。

全国27万人の勝彦民の中でも、おそらくトップガンの最強エリートであることは間違いないれおさん。(まだ若いお嬢さんですけどね)

その若き勝彦民、れおさんから以前聞いたお話が、とても良いお話だったので、この間少し取材させていただいたんですが…。

この記事はれおさんに教えていただいた約17年前(※2014年当時)のエピソードを、できる限り、れおさんの記憶に忠実に再現して、お届けしたいと思います。

さて、筋金入りの勝彦さんファンのれおさんですが、もともとは亀山努さんファンだったそうで。

亀山さんが、若くして引退されたのち、自然に勝彦さんファンになっていたそうなんですが、彼女がとても心に大切にしている、ひとつの思い出があるそうです。

それは、1998年の1月16日。
当時まだ小学生だったれおさんは、当時毎年行われていた尼崎の朝日オートセンターでの阪神選手によるチャリティオークションに参加したのですが。

会場の司会はダンディ真弓明信さん、参加選手は勝彦さんとひーやん、藪恵壹さん、今岡誠さん、モデルみたいなイケメン井上貴朗さんと豪華な面々。

お母さまと一緒に参加した、小学生れおさんはお年玉を握りしめ、最前列に座ってスタンバイ。

勝彦さんグッズをゲットしようと張り切っていたそうです。

そして、れおさんお目当ての我らが山田勝彦さんが、まずチャリティ出品したのは使用バット。

そして、お年玉を軍資金に、最前列で一生懸命入札していく小学生れおさん。

しかし、なんせ勝彦さんも当時はまだ独身でしたし、叶恭子さん的な言い回しですとグッドルッキングガイでございましたので。

勝彦ギャルのお姉さんも多数参加していたため、お年玉を軍資金に戦う小学生れおさんは、ついに矢折れ弾尽きて撃沈…。

勝彦さんバットは、ほかの勝彦ギャルのお姉さんのものになりました。

そして次に勝彦さんが出してきたのが、ご自分の写真パネル。

お母さまからも、すこしお金を出してもらえることになった小学生れおさんは、今度こそぜったいにGETするぞ!と闘志を燃やし、最前列で必死に勝彦ギャルのお姉さんたちと入札バトルを続けたそうなんですが

金額が1万円近くなったところで、なんと!

壇上の勝彦さんが途中でオークションを止め、れおさんの為に「(このパネルは)あの子にあげて!」と言ってくれたそうです。

そして、こちらからは何も言わなかったのに、「サインしてあげる!名前は?」と、小学生れおさんに優しく声をかけてくれた勝彦さん。

かくして、サインとれおさんのお名前入りの勝彦さんパネルは、晴れて小学生だったれおさんの手に…

れおさんは憧れの勝彦さんに、パネルに名前を入れてもらった感激で、もう胸いっぱいだったそうです。

↓その時の勝彦さんサイン入りパネルがこちら

れおさんのお名前は伏せさせていただいてますけど、これは子供にやさしい勝彦さんらしいエピソードを今に伝える「セ界文化遺産」ですよ…

このエピソード。

Twitter上で数人の勝彦民がきゃっきゃ寄り合って、勝彦さんレア画像の見せ合いっこしてた時に。

れおさんからこの画像と一緒に詳細を教えていただいて、わたくしも含め、他の勝彦民たちは「あなたこそ本当のエリート勝彦民だ!」と全員ひれ伏しましたという一品…。

そして、今日もその時の思い出といっしょに、勝彦さんパネルは若き勝彦民のお部屋に飾られているのです…

れおさんは、勝彦さん撮影の為に沖縄キャンプへ行かれたり、大人になってからも勝彦さんに直接サインいただいたりしてるので。

このオークションの話とか、勝彦さんにしたことないの?と聞いたんですけど…。

ないそうです…。

なんて奥ゆかしいのヤング勝彦民…。

わたくしなら勝彦さんが覚えてなくても「あの時、お正月のオークションでぇ~わたし小学生でぇ~」とか、ファンですよアピールに使ってしまいそうなのに…(たぶんここら辺が人間性)

それはさておき、現役時代も引退後コーチになってからも、相変わらず周りに慕われる面倒見キングの名を欲しいままにしている勝彦さん。

球界に人望ベストナインがあれば、山田勝彦さんだって15年くらい連続受賞できたのに、ざんねんながらプロ野球界は、野球の上手な人しか表彰されない世界のようです。

その勝彦さんの勝彦さんたる所以といいますか、大変心温まるステキなお話でしたので、(こんな辺境ブログで恐縮ですけど)ご紹介させていただきました。

愛弟子の梅ちゃんも、こないだの新人研修でファンサービスの大事さを学びましたみたいなこと言ってましたけど。

本当のファンサービスはやっぱりその選手の人間性に現れてくるものだと思うんですよね。

勝彦さんの、小学生れおさんへの思いやりの心から生まれたこの素敵なエピソードも、17年という月日を経て、まだひとりのファンの心に大切な思い出として残っているわけで…

やっぱり、山田勝彦さんというプロ野球選手を、そしてコーチを応援してきて良かったなぁという気持ちに改めてなりましたし。

若トラくんたちにも、そういう子供たちへの接し方や心がけなどを学んでいただきたいなぁと思いました。

この記事を書くきっかけになった、勝彦さんとの素敵な思い出を教えてくださったれおさん、本当にありがとうございました。

また、小学生れおさんの心に素晴らしい思い出を残してくださった、我らがバッテリーコーチ山田勝彦さんにも、心から感謝したいと思います。

2014.12.23 はにまる拝

最後までお読みいただきありがとうございました。